戦略的IPO(1)-2009年のトレンド-

2009年も残すところ2ヶ月となり、2009年の新規株式上場会社数もほぼ明らかになってきました。今月から3回にわたり、2009年の新規株式上場(IPO)を取り巻く現状を振りかえりながら、現状を踏まえてこれからIPOを目指す会社に求められるものについて、特に内部統制報告制度(J-SOX)や国際財務報告基準(IFRS)への対応についても紹介したいと思います。なお、「戦略的IPO」シリーズの予定は以下のとおりですので、来月以降のMonthly Reportにもご期待ください。

  • 第1回 戦略的IPO(1) -2009年のトレンド- (本稿)
  • 第2回 戦略的IPO(2) -J-SOX対応への課題と対策-
  • 第3回 戦略的IPO(3) -IFRS対応への課題と対策-

1. 2009年の新規上場会社の状況

2009年の新規上場会社数は2009年10月24日時点で16社(うち1社は上場予定)となっており、IPOマーケットは極めて低迷している様相を見せています。2007年には121社が新規上場していましたが、2008年に49社と大きく減少したのに引き続き、2009年はさらに減少するものと見込まれます。

(図表1)新規上場会社の推移

(注1)新興市場…ジャスダック、マザーズ、ヘラクレス、セントレックス
アンビシャス、Q-Board

(注2)2009年については、2009年10月24日時点の上場会社ならびに上場予定会社

この原因として、中長期的な観点からは証券取引所や証券会社による上場審査基準の運用の厳格化や監査法人による監査の厳格化により上場コストが増加していることに加え、短期的な観点からはいわゆるリーマンショック以降の「株式相場の低迷」と景気悪化に伴う「経済環境の悪化」が大きいものと思われます。また、2009年3月期から導入されたJ-SOXへの対応に伴う上場準備作業の増大も、2008年及び2009年の新規上場会社数が減少した大きな原因の1つになっているものと思われます。

一方で、大手証券会社等の公開引受関係者によると、IPOを目指す会社の数はすでに下げ止まっており、今後は株式相場や経済環境が回復するにつれて収益力が回復した会社があらためてIPOを目指すのではないかとの観測から、中長期的なIPOマーケットの潜在的な需要は底堅いものとの見方があります。特に、従来からIPOを経営戦略の根幹に据えてきた会社にとっては、中長期的かつ戦略的に上場準備作業に取り組む傾向が強くなっており、現在のような経済環境下においても上場準備作業はこれまでと変わらず継続していることから、株式相場の回復に合わせて2010年以降に徐々にIPOマーケットが回復することが期待されています。

2. 短期決戦型IPOから中長期的な視点からの戦略的IPOへの転換

それでは、このような環境下で、IPOを目指す会社にはどのようなことが求められるのでしょうか?

数年前までのIPOは、短期決戦で取り組み、短期間でIPOを実現することが目標になっている傾向もあったかと思います。IPOを計画してから2年程度でIPOを実現できるといったこともありました。しかしながら、各証券取引所における上場審査基準の運用の厳格化、監査法人による監査の厳格化やJ-SOXの制度導入などもあり、現在では以前のような短期間でIPOを実現することは困難な傾向にあります。すなわち、IPOは短期決戦型から中長期的(3~5年)に取り組まざるを得ない傾向に転換されたわけです。今から上場準備に取り組んでもIPOを実現できるのは3~5年後であるため、現在の経済環境や株式相場に一喜一憂してIPO戦略を中止したり躊躇すべきではないといえるのです。

一方で、ただいたずらに時間を浪費するような上場準備であっては意味がありません。中長期的に上場準備に取り組むからこそ多くの課題を上場準備期間中に解消し、ストレスなくIPOを実現し、安定した組織経営の基盤を確立できるIPOでなくては意味がありません。そのためには、多くの課題をいち早く洗い出し、優先順位をつけながら綿密なスケジュール感をもって戦略的に取り組むことが必要です。そして、IPOを決意してからは可能な限り早急に証券会社ならびに監査法人等の助言をもとに中長期的かつ戦略的にIPOの取り組みを開始すべきなのです。このような「中長期的な視点からの戦略的IPO」がこれからIPOを目指す会社に求められるのです。

3. J-SOXと戦略的IPO

2009年3月期から導入されたJ-SOXは、IPOを目指す会社にとっても大きな影響を及ぼしました。多くの上場準備会社においてJ-SOXに対応するために上場準備期間の実務対応が増加しましたし、J-SOXへの不安から制度が安定運用できるまでIPOを見送った会社もあるかもしれません。ここで特筆すべきなのは、ほとんどの上場準備会社が、上場準備作業とはまったく別にあらたにJ-SOXに対応するために膨大な時間が発生するのではないかという誤解を持ってしまったことです。もちろん、J-SOXに対応するために作業は増加するものの、上場準備作業とJ-SOXへの対応はまったく別に行うのではなく、実は重なる部分が多いので、同時に効率的に作業を実施できるのです。そこで、ここではIPOを目指す会社にとって、どのようにJ-SOXに対応していけばよいかについて、その概要を説明します。

(1) J-SOXの概要

J-SOXについては、すでに上場会社の実務に適用され、制度概要についても一定の理解が得られているところではありますが、あらためて簡単に説明します。J-SOXでは、財務報告の信頼性を確保するために経営者が内部統制を構築し自ら評価したうえで、財務諸表とともに「内部統制報告書」を作成・提出し、その評価結果について監査人が監査を行い「内部統制監査報告書」を作成・報告することになっています。そして、内部統制の評価は大きく以下のとおり4つに区分して評価が行われます。

  • 全社的な内部統制
  • IT全般統制
  • 決算・財務報告に係る業務プロセス統制
  • 上記以外の業務プロセス統制 (販売プロセス・購買プロセス統制等)

上場会社においてJ-SOXの導入にあたって作業量が増加した主な理由としては、評価にあたって数多くの評価シート等の作成が求められたことがあげられます。特に業務プロセス統制の評価においては、「フローチャート」「業務記述書」「リスク・コントロール・マトリックス(RCM)」の3点セットの作成に多くの労力を費やしたと思います。また、評価範囲が連結ベースで決められることから、評価対象に含められた連結子会社の業務にかかる内部統制についても同様の作業が必要になり、これも作業量が増加した大きな要因になったと思います。

(2) 上場準備会社にとってのJ-SOX対応の必要性

現在の上場審査基準においては、上場時にJ-SOXへの対応を完了している状態(「内部統制報告書」を作成し、監査人から「内部統制監査報告書」を受領できる状態)は求められていませんが、実務上も上場前にJ-SOXへの対応を完了する必要はないのでしょうか。

上場審査の過程では、実質基準に基づいて、株式上場を申請する会社が上場会社として相応しい内部統制を構築しているかについて重点的に審査されます。その実質基準をクリアして晴れて上場したにもかかわらず、その直後の決算から適用されるJ-SOXで問題があっては、審査を行った証券取引所や証券会社への信頼性を大きく損なうことになってしまいます。事実、証券取引所および主幹事証券会社による上場審査の中では、J-SOXへの準備状況を詳細に確認しています。つまり、実務上は、上場前までにJ-SOXへの対応完了は必要なのです。

(3) J-SOXを基礎とした上場準備

それでは上場準備会社はどのようにJ-SOXに対応すればよいでしょうか。これを考えるにあたっては、まずJ-SOXと実質基準の相違点を簡単に理解しておく必要があります。

(図表2) J-SOXと実質基準の相違点

  J-SOX 実質基準
評価(審査)範囲 財務報告に係る内部統制 全般的(財務報告以外を含む)
評価者 経営者・外部監査人 証券取引所・主幹事証券会社
評価対象期間 毎年 上場審査時のみ
評価(審査)方法 ほぼ決まっている 必ずしも決まっていない

実質基準もJ-SOXも上場企業に求められる内部統制を整備・運用することが目的ですから、整備すべき内部統制の水準そのものは両者で同じです。ただし、実質基準は財務報告に限らず全般的な内部統制を審査の範囲としているため、実質基準のほうが守備範囲は広いといえます。一方で、J-SOXは経営者だけでなく監査人が毎年評価を行う必要があるため、評価方法がある程度明確に規定されており、会社側も監査に対応できるだけの文書化が必要になります。この点を指して、J-SOXの方が実質基準に比して深度が深いといわれることがあります。そこで、J-SOXと実質基準で重複する部分については、深度の深いJ-SOXを基礎として実質的な上場準備を行うことで作業が重複しないようにすることがポイントになります。そして、その範囲を実質基準にあわせて広げながら上場準備を進めていけば、上場準備作業とJ-SOXを同時に効率的かつ効果的に進めていくことができるのです。これからの戦略的IPOにおいては、この点に留意して上場準備期間の作業が過剰にならないようにすべきと思います。

※ 中長期的な戦略的IPOにおける効果的かつ効率的なJ-SOXの進め方については、戦略的IPOシリーズ第2回「戦略的IPO(2) -J-SOX対応への課題と対策-」でより具体的に説明いたします。

4. 国際財務報告基準(IFRS)と戦略的IPO

最近IFRSが高い注目を集めています。これは、わが国でも上場会社に対してIFRSを適用する方向性が示されているためです(わが国におけるIFRSの適用についてはMonthly Report vol.07をご参照ください)。そのため、すでにIFRSの情報収集や会社に与える影響と対策について調査を開始している上場会社も多いと思われます。

上場会社に影響を与えるということは、当然のことながら上場準備会社にも影響があります。J-SOXの適用が上場時期や上場準備スケジュールに大きな影響を与えたように、IFRSの適用も大きな影響を与えるものと予想されます。J-SOXそのものが上場申請書類に直接影響することはありませんでしたが、IFRSの適用にあたっては上場申請書類に記載される財務諸表の作成方法や開示方法が大きく変更されるため、上場申請書類の様式変更とその対応を含めて、上場準備会社における事務負担が増加するものと思われます。

(1) IFRSが株式上場準備に与える影響

今後IFRSが採用された場合には、IPOを目指す会社にも以下のような事項について影響が生じるものと考えられています。

  • 現在採用している会計処理基準の再検討
  • 事業計画・利益計画の立案方法の変更
  • 業務管理の変更
  • 関係会社管理の変更
  • 業績指標の変更
  • システム対応
  • 新たな基準への対応のための人材確保・育成
(2) IFRS適用に向けた準備

IFRSの強制適用の時期は現時点では未確定であり、早くとも2015年以降といわれています。また、IFRSをどのようにわが国で適用するのかも詳細は決定されておらず、さらには今後も継続的にIFRSの基準変更が予定されています。したがって、今から過剰に敏感に反応し、現時点のIFRSに基づいて決算を組み替える作業をする必要はありません。しかしながら、IFRSの全体像や自社にとって大きな影響を与える項目については理解しておき、わが国におけるIFRSの適用方針に合わせて対応策を講じられるよう準備だけは進めることが必要と思われます。そのためには、早めに監査法人からアドバイスを受けられる体制も重要になってきます。また、IFRSの影響を考慮した中長期的な上場スケジュールについては早めに主幹事証券会社と協議することをお勧めします。

※ IFRSが上場準備に与える具体的な影響については、戦略的IPOシリーズ第3回「戦略的IPO(3) -IFRS対応への課題と対策-」でより詳細に説明いたします。

(続く)

太陽ASG有限責任監査法人

公認会計士 石原 鉄也
text : tetsuya ishihara