戦略的IPO(3) -IFRS対応への課題と対策-

「戦略的IPO」シリーズ第3回は、昨今話題になっているIFRS(国際財務報告基準)がIPO(株式上場)に与える影響について、その課題と対策を具体的にご説明します。

1. IFRSとは

昨今、IFRSが大きな話題になっていることは皆様もご存知かと思います。IFRSに関するセミナー・関連書籍が数多く開催・出版され、メディアにおける注目度も非常に高いものと思われます。

IFRSは既にEU(ヨーロッパ共同体)域内における上場企業の連結財務諸表作成のための会計基準となっており、日本においても今後、その導入が検討されています。具体的には、昨年6月に企業会計審議会企画調整部会より「我が国における国際財務報告基準の取扱い(中間報告)」が公表されています。この中間報告によれば、2012年にIFRSの採用に関する方針を決定し、2015年もしくは2016年を目途に上場企業の連結財務諸表の作成に際してIFRSの強制適用を行なう可能性がある旨が記載されています。また、2010年3月期よりIFRSの早期適用(任意適用)を認めることとしており、既にIFRSの早期適用に向けた準備を開始している上場企業も出始めています。

このような状況の中、これからIPOを目指す企業にとってもIFRSの強制適用が株式上場準備作業に大きな影響を与えることは間違いありません。では、具体的にどのような影響があるのでしょうか。

IFRS導入による影響について、その課題と対策をいくつかの観点から以下に解説します。

2. IFRSが株式上場準備に与える影響

(1) 現在採用している会計処理基準の再検討

IFRSは様々な点で現在の日本の会計基準と異なります。このため、各企業はIFRSと現在採用している会計基準とを比較し、IFRSを適用した場合の影響を各項目別に理解し、認識しておく必要があります(定性的な分析と定量的な分析が必要となります)。

具体的には、一般的に以下のような項目について影響があるものと考えられます。

収益認識

IFRSにおける収益認識基準は、物品販売、役務提供、利息・配当金・ロイヤリティ収入等についてそれぞれ原則的な収益認識ルールが定められており、取引実態に応じてそれぞれの収益認識に関する基準を満たした時点で収益認識(売上認識)を行なうこととなります。例えば、物品販売については以下の5つの要件を満たした時点で収益認識することが可能となります。

  • 物品の所有に伴う重要なリスクと経済価値を企業が買い手に移転したこと
  • 販売された物品に対して、所有と通常結び付けられる程度の継続的な管理上の関与も有効な支配も企業が保持していないこと
  • 収益の額を信頼性をもって測定できること
  • その取引に関連する経済的便益が企業に流入する可能性が高いこと
  • その取引に関連して発生した、又は発生する原価を信頼性をもって測定できること

収益については、上記の要件を全て満たした時に認識されることとなりますので、従来から採用していた収益認識基準をあらためて確認する必要があります。具体的には、従来、出荷基準で売上を認識していた場合、出荷時点で上記の5要件を全て満たすか否かを再確認することとなります。仮に、出荷時点で全ての要件を満たしていないのであれば、出荷時点での収益認識はできなくなり、いつの時点で5要件を満たすのかということを得意先との取引実態・取引契約を見直した上で判断し、会社としての収益認識基準を定める必要があります。

なお、実務的には各企業を担当している公認会計士・監査法人との協議も必要となるものと思われます。

有形固定資産(リースを含む)

有形固定資産については、減価償却方法、耐用年数、残存価額について実質的に税法基準を採用していた場合には、それぞれについて再考する必要があります。具体的には、有形固定資産の使用状況等から経済的耐用年数・減価償却方法を見直し、残存価額についても一律にゼロとするのではなく、将来の残存価値の見積りが必要となります。

また、減損の考え方についても現在の日本基準とは異なり、IFRSには減損の兆候が生じた場合の割引前キャッシュ・フローによる使用価値の見積りという考え方がないため、日本基準に比べ大きな減損が発生しやすいという点にも留意が必要です。

さらに、最近議論されているリース会計については、その適用範囲が広くなる可能性がある(ファイナンスリースとオペレーティングリースの区別がなくなる可能性がある)ため、今後のリースに関する会計基準の動向にも留意が必要です。

無形資産

無形資産については有形固定資産と同様、償却方法、耐用年数、残存価額について再考する必要があります。

また、研究開発費について現在の日本基準では、発生時に全額費用化されていると思いますが、IFRSでは、研究段階と開発段階に区分し、開発段階での費用は資産化されることとなります。このため研究開発の実態の再確認と研究開発活動に関する新たな判断を企業として行なわなければなりません。

金融商品

IFRSにおける金融商品に関するルールは、現在各種の改訂作業が行なわれています。昨年12月にIFRS 9号が公表されましたが、この改訂は主に金融商品の分類に関するものだけであり、金融商品に関する会計基準の一部の変更にすぎません。金融商品に関するルール改訂は2011年にかけて継続する予定であり、今後もその改訂内容に留意する必要があります。

退職給付会計

退職給付会計についても現在、ルール改訂が検討されています。仮に現在のIFRSが適用された場合には、回廊方式(コリドー・アプローチ)もしくは全部認識方式(フル・リコグニション・アプローチ)の採用により損益又はその他の包括利益への影響が生じます。

また、IFRSには現在の日本基準における簡便法の考え方がないため、簡便法を採用している企業への影響があるもの思われます。

さらに、今後のルール改訂の方向性によっては、数理計算上の差異を発生時に全額損益認識しなければならないといった大きな影響もあり得るため、今後の改訂内容に留意が必要です。

引当金

引当金については、実務的に税法基準を参考にしているケースや独自のルールで見積りを行なっているケースなど、様々なケースがあるかと思われます。IPOを目指している非上場企業では、税法基準に従って会計処理しているだけというケースも見受けられます。

IFRSが導入された場合には、以下の3つの要件を満たす場合に引当金を計上しなければなりません。

  • 企業が過去の事象の結果として現在の法的又は推定的な債務を有している
  • 当該債務を決済するために経済的便益を持つ資源の流出が必要となる可能性が高い
  • 当該債務の金額について信頼できる見積りができる

上記の要件について取引実態に基づいた判断が必要であり、引当金額の算定根拠について十分な検討が必要となります。

税金関連項目

税金関連項目については、IFRSの導入に伴い、財務会計と税法基準との乖離がこれまで以上に大きくなるものと予想されるため、繰延税金資産・繰延税金負債に関する検討対象項目が増加し、税効果会計に関する慎重な判断が必要になるものと思われます。

特に、繰延税金資産の回収可能性に関して現在の日本基準のような詳細なルールがIFRSには存在しないため、将来課税所得の発生予想額の検討・その基礎となる利益計画・事業計画の検討等についてこれまで以上に慎重な対応が必要となるものと思われます。

また、消費税については、現在の税法では帳簿方式を前提としているため、収益認識基準が変更となった場合にはその申告等に影響があるものと思われます。

連結決算・企業結合

連結決算については、非支配持分を全て認識しなければならないという連結決算に関する会計処理だけでなく、連結グループにおける会計処理方針の統一、連結グループの決算期の統一といった課題が生じます。

会計処理方針の統一や決算期の統一については後述しますが、それぞれ連結決算に大きな影響が予想される事項ですので、それらについて連結グループ各社との協議を早めに行なうべきです。

また、連結の範囲について、IFRSでは基本的に全ての子会社(実質支配を含む)を連結の範囲に含める必要があり、日本基準で実務的に用いられている連結除外に関する重要性の考え方がありません。この点をどのように考え、実務的に対応していくのかはこれからの大きな課題となります。

さらに、のれんの会計処理については、日本基準における規則的な償却という方法ではなく、減損の有無を毎期判断することとなります(償却ではなく減損の適用となる)。このため、のれんに関する減損を認識しなければならない状況となった場合には、一時的に大きな損失が生じる可能性があります。

(2) 事業計画・利益計画の立案

先述したように、IFRSが導入された場合には新たな会計処理基準を検討し、適用しなければなりません。このことは結果として、財務数値に大きな影響が生じるということに他なりません。

特に、収益認識基準の変更により、売上高及び利益への影響は大きなものとなる可能性があります。また、売上高以外にも損益への影響が予想される会計方針の変更もあり得るため、将来損益の予測が従来に比べ困難となります。このためIPOを目指す会社は、IFRS導入による損益全体への影響を事前に網羅的に把握しておく必要があります。

包括利益計算書上、「当期利益」の表示は残る予定ですので、IFRS導入によって当期利益に与える影響を把握できれば、それらについて各種の仮定を設定した上で、当期利益を基準に事業計画や利益計画を策定することは可能と思われます。

一方、これまで事業計画や利益計画策定の段階で頻繁に用いられていた「経常利益」の概念及び表示はなくなるため、経常利益を基準に事業計画や利益計画を策定していた場合には、その策定が困難となり、利益計画等の策定方針を変更しなければなりません。

いずれにしても、IFRSの導入に伴い、新たな業績指標の検討(後述)を含め、事業計画等の立案に影響が生じることは間違いありません。

(3) 業務管理

IFRSの導入は先述した会計処理基準の変更だけでなく、企業の日常業務の見直しも必要となる可能性があります。

例えば、収益認識基準の変更は典型的な例であり、「出荷基準」から「検収基準」に変更せざるを得ないような場合には、売上計上に関する業務フローが大きく変わらざるを得ず、業務フローの変更は社内の諸規程の変更に繋がります。

これらの変更は当然のことですが、上場準備におけるJ-SOX対応にも影響を与えることとなります。このような事態はIFRS導入に伴って多発する可能性もあるため、早めに対応する必要があります。

(4) 関係会社管理

IFRS導入に伴う関係会社管理への影響については、先述した連結グループにおける会計処理方針の統一や決算期の統一といった課題だけでなく、月次連結決算への対応及び連結グループ各社への人材配置にも影響を及ぼします。

連結グループにおける会計処理方針の統一については、現在の日本基準においても基本的には統一が求められていますが、IFRS導入を機に、より厳密に見直していく必要があります。

連結グループの決算期の統一については、IFRSにおいても3ヶ月間のズレを認めていますが、その運用に際しては慎重な判断が必要です。諸外国での適用例を勘案すると、これまでよりも厳密な対応が求められるものと思われ、基本的には統一する(統一できない場合は親会社決算期に合わせた仮決算を行なう等の対応をする)方向で検討すべきと思われます。

月次連結決算への対応については、リソースの問題から連結子会社各社でIFRSベースの月次決算を行なうことが困難な場合が考えられます。そのような場合には親会社側でIFRSベースの月次決算を行なうことも検討する必要が生じますので、IFRSベースでの個別決算をどのレベルで行なうのかといった点についても事前に検討しておくことが必要です。

連結グループ各社への人材配置については後述しますが、大きな課題となることは間違いありません。多くの場合、IFRSに習熟している人材を連結グループ各社へ配置することは困難であり、親会社側で対応せざるを得ないというのが現実だと思います。親会社における人材の育成を皮切りに各グループ会社への人材供給を行なうのか、それとも親会社を中心に人材面での対応を行っていくのかといった判断を早めに行なうべきと思われます。

(5) 業績指標の変更

IFRSを採用することによる大きな影響の1つに業績指標の変更の可能性が考えられます。

先述したようにIFRSが採用され、損益計算書が包括利益計算書となった場合には、「経常利益」といった現在の段階損益を表す指標がなくなる予定です。このため、会社の事業計画とそれに基づく利益計画の策定の段階からどのような業績指標によって業績を管理するのか、また、株主等のステークホルダーに対して業績説明をどのように行うのか、といった点について新たな指標を考える必要があります。

IFRSの特徴である「包括利益」には、「当期利益」に加えて、「その他の包括利益」と呼ばれる当期利益以外の資本の部の変動が含まれることとなるため、たとえば、これまでの本業の業績の変動とは全く関係ない、又は会社として全くコントロールできない以下のような項目が包括利益計算書において表示されることとなります。

  • 退職給付制度(給付建制度)の保険数理差異のうちの所定のもの(IAS19)
  • 在外活動体の財務諸表の換算による損益(IAS21)
  • 売却可能金融資産の再測定による損益(IAS39)
  • キャッシュ・フロー・ヘッジにおけるヘッジ手段から生じた損益のうち有効部分(IAS39)

上記のような項目が業績を示す包括利益計算書に表示されることとなり、さらに、「当期利益」には今後、新たな会計処理基準による影響も含まれることとなるため、短期及び中期の業績予想、事業計画及び利益計画の核となる業績指標の設定が非常に難しくなります。このような状況を避けるためには、例えば、EBITDA(支払利息、税金、減価償却費控除前利益)、又は業種毎のKPI(Key Performance Indicator)等といった別の概念を用いた業績指標を考えるべきかもしれません。

また、上記は今後の資本政策にも影響を与えるものと考えられ、上場時の想定時価総額、上場時の想定株価の算定をどのように行なうのかといった課題も考えられます。

(6) システム対応

IFRSを適用した場合、一般的には先述した会計処理基準の再検討、事業計画・利益計画の立案、業務管理、関係会社管理及び業績指標の見直し等のさまざまな影響が予想されます。

このような変化に対しては、経営陣の意識改革だけで対応することは実務的に困難であり、通常、基幹システムを含む業務システムの変更による対応が必要になります。

例えば、先述した収益認識の課題(出荷基準から検収基準への変更)について考えてみると、業務の流れとして、検収基準を採用するための基礎データ(検収データ等)の入手から始まり、当該データの正確性・網羅性・完全性の検証といったデータ処理過程を経て、会計上取り込むべき売上データの生成、さらには会計システムへの売上データの流し込みといった一連の流れが考えられます。このような一連の流れは、従来の業務処理経路とは異なる流れでの処理が追加的に必要となると思われます。

上記のような一連の作業は、通常、システムによる対応が必須となり、新たな業務システムの開発、もしくは現在の業務システム改変を行う必要があります。

このような事例からも分かるように、IFRSの採用により各種のシステム対応が追加的に必要となってくる可能性があります。実務的には、それぞれの企業の状況によりシステム開発が必要となる範囲、深度が異なるため、本番適用までの時間軸に留意しながら、株式上場準備の進捗状況と業務変更の実務的な対応を踏まえてシステム開発を計画的に進める必要があります。

(7) 人材の確保・育成

IFRSの導入は会計基準の変更だけでなく、様々な企業活動の分野での影響が予想されるため、IFRSの早期適用に向けて対応しようと考えている既存の上場会社では、IFRSに関して自ら情報を収集し、具体的にどのような影響が自社に生じるのかという検討を始めています。しかしながら、IPOを目指している会社においては、まだまだIFRSの研究段階にも入れていないという状況が大半です。

このような環境下においては、新たな会計基準に対応可能な人材の確保が不可欠ですが、IFRSは日本にとって全く新しい会計基準であり、基本的な考え方が日本の会計基準と異なるため、それを熟知し、その採用において想定される実務上の課題を網羅的に洗い出し、その解決策を自ら考え出せる人材は非常に限られています。したがって、これからIPOを目指す会社では、様々な外部からのサポートを得ながら、IFRSに対応できる人材を育成していくこととなります。

具体的には、管理部門の人材からIFRS対応プロジェクトチームを組成し、IFRSの概念フレームワークを理解することからスタートすべきであり、現行の各基準を適用した場合の課題抽出と解決策の検討、ディスカッション・ペーパー(Discussion Paper)や公開草案(Exposure Draft)等で議論されている項目の理解、それらに対応するための事前検討等も必要です。

このような業務に対して現在の管理部門の人材で対応できれば良いのですが、現実的には、外部からのサポートを導入せざるを得ないと思われます。また、外部からのサポートを得た方が、効率的に業務を進めることが可能となります。その際には、IFRSを熟知している公認会計士、監査法人及びコンサルティング会社等をIFRS導入のアドバイザーとして起用する、もしくはIFRSに関するセミナー等の外部研修に参加するといった方策も考えていくこととなります。

少々見方を変えれば、このようにして育成された人材は、会社にとっての将来のキーパーソンとして活躍することは間違いないものと思われますので、これを機会に会社の将来を背負って立つような人材の発掘と育成も必要になると考えます。

以上

太陽ASG有限責任監査法人

公認会計士 新井達哉
text : tatsuya arai